菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

<< 前のページ  目次  次のページ >>

10.自分の曖昧さを先ず認めよ

以前にも話した事ですが、往々にして医療関係者は天動説を取っている人達が多いようです。しかし、世の中は地動説でしか動いておりませんし、人間関係もまたしかりです。自分の事を振り返って考えてみても、所詮人間は自分が一番可愛いものです。私を含めてそれは人類共通な事実と思います。医療関係者或いは医師にとって一番大事な事は、“所詮人間は曖昧な偽善の上に立っている”という事実を認識する事だと思います。

人間は良い人や悪い人というのはありません。その人間の置かれた環境によって、ある時は、善人になり、ある時には悪人になります。例えば消防士や救急隊の職員或いは、医師は、大災害が発生した時に自分並びに自分の家族が安全であるが確認されると、聖人のような働きをする事は良く知られている事です。また、自分が川で溺れている時に他の溺れている人に浮輪を与えて自らは死んで行った宣教師の事も良く知られている事件です。

しかし、その逆に自分が絶対絶命の立場に追い込まれると他人を押し退けてでも生きようとするのもまた一つの事実です。タイタニック号の惨事もその事を良く表しています。こういった事実を考えると医師に求められるのは“医師も所詮曖昧な偽善の上に立っている”“自分は可愛い”しかしそれでも尚、他人即ち患者の為に少しは時間を割いてあげる、或いは患者さんの立場になって考えてあげる時間を作る努力です。

また同じ医療関係者とディスカッションをする時にも、先ほど言ったような認識があると、言い方も言葉には現れない優しさが含まれて来ます。それが結果的には人間関係を円滑にします。お互いに“お互い曖昧な偽善の上に立っているのだ”“所詮自分が一番可愛いのだ自分もそうだし相手もそうである”という思いを持って仕事に励んだりディスカッションをすればその関係は極めて優しいものになると思います。自分なりの正義の刃を振り翳す時に、心の何処かに今言ったような言葉を持てば必ずや円滑な人間関係が出来、そこに信頼関係や生きる事への共感が生まれてくるものと思われます。

 

 

 

▲TOPへ