菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

<< 前のページ  目次  次のページ >>

95.再び問う、医師にだけ許される規則は無い

5月30日の煙草事件は私にとっても医局員にとっても不幸な出来事でした。1ヵ月以上私の体調は完全に崩れ、教育としてのこの「医師としてのマナー」を作る気力も無くなってしまいました。今まで一所懸命、自分の体を壊してまで医局員の教育をしてきたのは何の為だったのか、医局の業績や知名度を挙げる為に、或いは研究費を集める為にやりたくもない講演などに顔を出していたのは何の為だったのか、只々空しさが残るばかりです。漸く体調も徐々に戻り、居ないかもしれない、居るかもしれない一人の、私の意思をあるいは哲学を受け継いでくれる医局員や医局職員に対して伝える為に、この「医師としてのマナー」を書き続けようと思います。

ここではっきりさせておかなくてはならないことがあります。何故、私が自分の生涯で最も腹を立てたかということです。あの様な人間としての恥知らずな行為をする人間ですから自分のした行為の重大さが分かっていないかもしれません。敢えてここで述べてみます。

問題点の1は規則を破った事です。これはあまり深刻な問題ではないのかもしれません。単なる規則違反ですから。もっと問題なのは、問題の2、面従腹背の態度をとり続けて、それを何とも思わなかったその人間のMentalityの問題です。そして問題の3、規則を破り尚且つその規則を破っている事を上司や師匠に隠していて、それが露見すれば結果として師弟関係において最も大事な信頼関係が崩れてしまうということを考えていなかったという点こそが最も重大な事です。

病棟が禁煙というのは、カンファレンスルームは病棟にあるので当然禁煙になります。その病棟で医師だけが煙草を吸っているということに対して、後ろめたい気持ちを持たなかったのかというのが私の疑念です。医師がそこで煙草を吸っているのを患者さんは見ているでしょう。でも患者さんはその事に対して医師を批判するでしょうか。しません。否、出来ないのです。しかし心の中では、「医師はいい気なもんだ」、「医師だけはそういう事が出来る」と思っているに違いありません。そういう事に何故、医局員は思い至らないのかという無念の思いです。また、以前にも書いたもう1つのマナーにも反してします。それは「晴れと褻の区別をせよ」ということです。カンファレンスルームは患者説明やカンファレンスの為の部屋です。そこは仕事場です。仕事場に生活の匂いをさせてはいけません。それも破っています。

以上述べた様に規則違反も去る事ながら、その規則違反の結果犯していた様々な問題点の方がより深刻なのです。影でこそこそやったりするのを日本では「卑怯」と言います。欧米でもUnfairという言葉は、最も相手に対する侮辱的な言葉だとされています。日本では「恥を知れ」ということです。その人間の名誉をかけて守らなければならない事があります。それは「信義」です。日本が契約社会でないだけに、信義の重さは重大です。

何か不満があるなら正々堂々と言うべきです。私が何時でも言っている事です。そして決まった以上はどんな事をしても、それを守り抜く努力をしなければなりません。それがその人間の潔さに通ずるのです。何度でも言います。分かってくれるかもしれない一人の医局員の為に。この信頼関係を再構築するのは極めて至難です。私自身も出来るかどうかは分かりません。しかし、師弟関係を再構築出来るかもしれない一人の医局員の為に、握手する手は出しておかなくてはなりません。それが教育の尊さだと思います。忌憚のない意見を医局員から聞きたいものです。

 

 

 

▲TOPへ