菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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100.変化の無いこと、変わらないことこそが最も大切なものである

教授就任後のある時から、自分の今までに経験した挫折や過ちを医局員の成長の為に、或いは医局員が周囲との摩擦を起こさない為に伝えようと始まった、この「医局員への手紙」も漸く100号になりました。このNo.100は、教授就任3年8ヵ月という地点で来し方を振り返って考えついたものです。

「変化が無い」というのは一見、平凡なもの、或いはつまらないもの、退屈なものという印象がありますが、医師となって20年以上たってみると、実は「変化が無いこと」、淡々と日々が過ぎて行く事こそが重要であることを身に染みて分かるようになりました。それをしみじみと感じさせてくれたのは、中央手術場の逸見長正さんと遠藤キミさんの退職記念パーティの挨拶をした時です。

彼等は、20年以上の長きに渡って中央手術場に勤務していたそうです。私が医師として活動を始めた時には既に手術場に勤務していたのです。彼等がそんな長い間手術場にいると、我々は得てして彼等の重要性、或いは彼等のやっていた仕事の大切さを忘れてしまいがちなものです。淡々と何のトラブルもなく変わらずに為されていたことが、その人達がいなくなって初めて仕事が淡々といかなくなったり、その仕事を片付けてくれる人がいなくなる為に、その人達の存在の重要性に初めて気が付くのです。

翻って自分の事を考えてみました。自分も今まで色々な所で研修し、勤務してきました。幸いにして多くの人々の応援がありました。若い時には、他人は自分の能力や努力に敬意を表して応援してくれるのだという錯覚も無くはありませんでした。しかし、ある時から皆が私を応援してくれるのは、私の能力や努力の故にではなくて、私の努力の継続性、即ち10年1日の如く繰り返している愚直さにあることに気付きました。1日3回(早朝・勤務時間内・消灯時)の回診、暇がある時の患者さんとのベッドサイドでの雑談、一旦白衣を着ると、私的な事は一切犠牲にして仕事に打ち込む姿、そういった日々変わらない姿勢や仕事ぶりが他人の心を動かして、私を応援してやろうという気にさせたのだと気が付きました。

ですから、医療や研究に限らず一般には、「変わらない」という一見平凡な事柄が実は最も重要で、「変化の無いこと」が患者さんや周囲の人に平穏な気持ちを持たせてくれるのです。当然ながら「変わらない事」というのは、何もしていないということを意味していません。「変わらない事」を維持する為には、その陰に多くの動きや努力があって、それらがあって初めて「変わらない事」が実現、維持されるのです。そう思って周囲を見渡して下さい。

当直日誌の検閲が時々抜け落ちたり、時々遅刻をしたり、毎日やらなければならない仕事を何等かの理由である日だけやらなかったり、手術場のモニターをONにすることを時々忘れたりといった事は、1つ1つ取ると大した事ではないことの様に思えますが、それは変化であって、その変化は往々にして人の心に動揺を齎します。延てはそれが相互不信感につながるのです。日々全く変わらない事を目指し、淡々と日々が過ぎて行くように努力すべきではないでしょうか。

 

 

 

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