菊地臣一 コラム「学長からの手紙  〜医師としてのマナー〜

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145.依頼する事と任せる事とは別

チームアプローチで行われている現代の医療でも、医師は医療の中心に位置しています。前にも述べましたが、医師が居なくては医療は進みません。しかし、医師だけでは医療は動きません。その様な事実を自覚して医師が動かないと医療がスムーズに進みませんし、患者さん、医師、コメディカルの相互信頼関係も思う様に確立出来ません。今回は、その様な信頼関係を根底から崩してしまう様な事実に出遭ったので筆を執りました。

下肢の義肢を付けると言う事は、患者にとっては人生の中でも最大の苦痛に満ちた過程を経た者だけが辿り着く治療としての最終ゴールです。たまたま、同じ時期に、同じような下肢の義肢を付けた2人の患者さんが居ました。一方の患者さんは、装具メーカーのスタッフが日々細かい配慮をしながら、患者の不満や不都合に対しては即対応してきました。その結果、義肢製作者は患者さんや患者さんの家族から信頼感を得ていました。当然、医療スタッフとの間にも強固な信頼関係が確立されました。

ところが、もう一方の患者さんの場合、装具の処方をしてもその仮合わせは2週間後です。何故2週間かが分かりません。少なくとも、一方の1週間以内に最初の仮合わせが出来た事とは対照的です。また、ソケットが抜けなくなった事がありました。しかし、それにも対応してくれません。その時たまたま居た一方の装具を担当していた装具メーカーの方が、直ぐに対応してくれたので事無きを得ました。しかし、その後の、当事者たる装具メーカーの対応が、私から見たら極めて不満足なものでした。その際、その装具メーカーがとらなくてはならない事が2つ有った筈です。1つは、当日、何時になっても来棟して、その装具のソケットが抜けなくなった原因究明と、患者さんに対して、即対応出来なかった事への御詫びと励ましの言葉が必要だったでしょう。もう1つは、即時対応してくれた他の装具メーカーの方に対する感謝の気持ちを表す事が必要だったのではないでしょうか。そのいずれもが現在に至っても為されていない様です。

視点を変えてみましょう。義肢の装着と装着に伴う訓練は理学療法室のスタッフが担当しています。理学療法室のスタッフから見れば、一方は即時対応で、日々細かく義肢に修正を加えながら訓練を進めていくのに対して、もう一方は、連絡をしても直ぐには来ず、装具メーカーの日程の都合によって装具の手直しが為されています。こういう状況を目の前にした時、担当の理学療法士は途方に暮れてしまうでしょう。

もっと問題なのは、全体の治療の進行状況を把握し、適切な指示を出さなければならない担当医師が、それぞれの患者さんにその様な問題が起こっているという事を認識していなかった事です。どんなに忙しくても1分でもいい、5分でもいいからリハビリテーションの現場に顔を出し、進行状況を見て、患者さんに声を掛けて励ましてあげる事が大切です。それをしていないとリハビリテーションの現場で、今、どんな問題が自分の担当患者に起こっているのかが分からなくなり、ついには、患者と医師、医師と理学療法士、医師と装具メーカーのスタッフといったそれぞれの相互の信頼関係が一挙に崩れてしまいます。

依頼する事と全く任せきりにする事とは全く別です。依頼して、信頼する事は必要です。しかし、それがきちんと正しく行われているかどうかをチェックしなくても良いという事にはなりません。前にも書きましたが、医師は絶えず冷静な頭と熱い心で患者を診ていかなければなりません。言わんや、自分の怠慢で患者の現在状況を把握していないというのは、言語道断です。原点に帰って考えてみて下さい。

 

 

 

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