菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜

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162.人間には理屈抜きに努力する時期が必要です

4月というのは人事を巡る季節ですが、その他にもう1つ、必ず毎年見られる光景があります。それは、新しい環境に入ってきた場合、幾人かの人はこんな環境では働きたくない、自分の能力をもっと発揮出来る場所がある、あるいは、自分はこんなことをやる為にここにいるのではないといって、今しなければならない案件や努力して対応しなければならないことに対して、打てば響くように対応出来ない人が存在することです。このような人達は普通、自分の能力に自負を持っている人が多いようです。その自負が、こんな仕事が出来るか、あるいは俺にはもっと相応しい仕事がある、といって周囲への怒りをあからさまにすることが稀ではありません。

でも、考えてみれば不思議な話で、自分がこれから取り組むであろうやりたい仕事や、やりたい分野で懸命に努力出来る人が、今ある環境の中では努力出来ないというのは、第3者からみれば極めて理解に苦しむ状況です。現在与えられている環境で自分の力を発揮出来ない人間が、何故これから出会うであろう、自分に望ましいと自分が考えている環境で力を発揮出来るのでしょうか。出来る筈がありません。若い時には理屈抜きに努力する時期を持つことが必要です。理屈抜きに努力することによって、それまでは見えなかった何かが見えてくるものです。ある時期に理屈抜きに努力することは、どんな分野のどんな仕事にでも必要です。理屈抜きに努力する時期を通過してこない人は、一生大成しないままに、不平不満を抱えたまま終わってしまうことが多いように感じられます。

我々医師には、「修業とは矛盾に耐えることである」という格言があります。頭で考えるのではなくて、まず愚直に、自分の目の前にある懸案を誠実にこなすことこそが、明日の大成に必要な条件のような気がします。その時期を逃してしまうと、その後そのことの重要さに気が付いても、頭では分かっていても体が随いていきません。結果として、他人の自分への評価は厳しいものになり、結局思うようにいかなくなって悪循環に陥って徒の医師となってしまうのです。そうすると、悪いのは他人のせいと考えるようになります。その結果、周囲を恨むようになり、益々他人から恨まれるようになります。

青春のある時期、理屈抜きに努力する時期を持てない人は、一生持てる筈もありません。また、そのことを経験しない人は、理屈抜きの努力の素晴らしさや厳しさを知らないだけに、他人の努力の苦労や素晴らしさも目に入りません。結果的には、居酒屋の国会で夜郎自大になって、他人の欠点は目に付きやすいだけに、他人を批判して終わるのが落ちなのではないでしょうか。どうぞ、理屈抜きに努力する時期を自分で思い定めて、やってみて下さい。

 

 

 

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