菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜」
207.自分の持っているサイエンス、アート、そしてknow-howを次の世代に繋げ
近年は、私が昔、手術を含め治療をした患者さんの死亡通知が多くなりました。その手紙を読む度に、患者さんの顔と症状、その後の経過が鮮やかに甦ってきます。と同時に、例えが悪いかも知れませんが、自分が心血を注いで診療に当たった作品(患者さん)が次々と消えていくことに、自分の情熱や志までもが患者さんと共に消えていくような寂寥感をも覚えます。
我々医師は、患者さんから診療行為を通じて多くのことを学びます。我々医師は、現在の自分を作ってくれたサイエンスとアートを基本にして、新しい目の前の患者さんの診療に当たっています。その繰り返しによる練磨が臨床医の人生だと認識しています。しかし、自分が診療に当たった患者さんが次々と亡くなっていくという現実を目の前にすると、多くの患者さんが我々にもたらしてくれたサイエンスやアート、そしてknow-howはそのまま消えてしまって、我々医師が亡くなったときに次の世代に伝えられません。それは、次の世代の医療を受ける側、そして、医療を提供する側にとっても不幸なことです。
断絶を作らずそれを伝える方法はただ一つ、論文としての作品にしておくことです。論文にしておけば、いつか誰かが必ずその論文を読んで、その時の患者さんの診療に役に立つ筈です。臨床医は、残念ながら自分の心血を注いで共に泣いたり笑ったりした患者さんと共に老いていきます。そして、医師が亡くなれば患者さん達から戴いたサイエンス、アート、そしてknow-howは消えてしまいます。それを次の世代に伝えるためにも、そして、患者さんの期待に応えるためにも、我々はそれを次に伝える財産として論文を書く必要があると考えるこの頃です。
(2009.01.23)