菊地臣一 コラム「学長からの手紙 〜医師としてのマナー〜

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178.カルテは医師の備忘録

最近はカルテを患者の財産として捉え、カルテ開示による情報の開示が強く求められています。我々医療人が、どの様な目的にそのカルテを利用しているかは各医療人各々により様々です。私は、医局員が私が以前から強調している「カルテは医師の備忘録である」ということを実践しているのを最近数多く見聞し、自分の教室員の医療人としての成熟を強く感じたので、忘れない為にもここで記しておこうと思いました。

高齢化社会の現在、高齢者にとって孤独は最も恐ろしい因子で、症状出現、遷延化、そして増悪の原因の一つです。高齢者は、独り暮らしや老夫婦二人という生活形態が多い様です。その様な環境では、「自分は他人に頼られている」、或いは「自分のことに関心を持っていてくれている他人がいる」ということを実感することは、患者さんの気持ちを充実させ、生活に生き甲斐を与えます。

例えば、患者さんが孫のところに出かけて行くということを診療を通して知ったときには、その旨カルテに書いておき、次回の診察時にその様子を聞くことによって、患者さんの表情は見違える様に明るく、そして積極的になります。また、患者さんに個人的な仕事や生活上のちょっとしたことを尋ねたり、御願いしたりすることで、「自分は他人の役に立っている」、或いは「世の中にとって価値のある存在である」ということを認識してもらうことが出来ます。それらの関係をつくることで、患者さんの精神的な充実度は以前とは全く異なることはよく経験することです。

高齢者のみならず、患者さんを治療するにあたっては、患者さんを個々に切り離された存在ではなく、社会に生きる生物として捉え、お互いの繋がりのなかで生きているということを何らかの形で医療者が患者さんに伝えると、患者さんと医師との間の信頼関係は確立し、そして治療成績も向上するものです。今後とも医療開示の問題とは別に、患者さんを社会に生きる生物として捉え、患者さんに充実した日々を与える為の一つの手段として、カルテを大いにメモ代わりに使うことが診療の充実に継がると考えられます。

 

 

 

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