HOME > 理事長室からの花だより

理事長室からの花だより

新着 30 件

一覧はこちらから

理事長室からの花だより

2010.04.30

vol.75  − 旅情 −

花冷えというには強すぎる寒気の中、庭に紫のリラ(ライラック)が咲き出しました。
大学に着任して以来、密かに愛している姿のいい花桃の木が、今年も清涼感を漂わせて白い花を咲かせてくれました。2週間以上留守にしていて構内の桜を見損なっただけに、健気に咲いているのを見ると、久し振りに知人に会ったような想いを持ちました。
今年は、すぐ側に工事のための作業家屋が建てられているだけに、来年が心配です。少しの思いやりが足りないのではと感じた白木蓮の剪定や、ひっそりと片隅に咲いている花桃を押し遣るようなプレハブの設置位置など、さり気ない他者への思い遣りが足りないように感じます。
「大事は小事に宿る」という警句を考えると、気になります。

今回の異国の旅における最大の贈り物は、南十字星を再び見られたことです。
1982年の学会出席時に見たのが最初で、それ以来の再見でした。その時、尊敬している同行の先生が、撮影した南十字星の写真を送ってくれました。
心配りをさり気なく行うことの大切さを教えて戴いたことが、今でも心の裡に残っています。

南十字星は、南半球に棲む人にとっては我々が騒ぐほどのことではないようです(当たり前ですが)。多くの人が知りませんでした。南十字星を思うとき、頭に浮かぶ詩があります。
大木惇夫の「戦友別盃の歌−南支那海の船上にて−」です。
         言ふなかれ、君よ、わかれを、
         世の常を、また生き死にを、
         海ばらのはるけき果てに
         今や、はた何をか言はん、
         熱き血を捧ぐる者の
         大いなる胸を叩けよ、
         満月を盃(はい)にくだきて
         暫(しば)し、ただ酔ひて勢(きほ)へよ、
         わが征(ゆ)くはバタビヤの街(まち)、
         君はよくバンドンを突け、
         この夕べ相離(さか)るとも
         かがやかし南十字を
         いつの夜(よ)か、また共に見ん、
         言ふなかれ、君よ、わかれを、
         見よ、空と水うつところ
         黙々と雲は行き雲はゆけるを。
彼は、戦時中の作歌活動を理由に、「海ゆかば」を作曲した信時潔とともに戦後不遇を託(かこ)った芸術家の一人です。我が国は、「言霊の国」と言われますが、これはその悪い面のような気がしてなりません。小林秀雄の皮肉が聞こえてくるようです。

もう一つの思いがけない贈り物は、暖炉で薪が奏でる炎と爆(は)ぜる音の協演でした。炎や音で、子供の頃の囲炉裏や風呂を焚く時の光景が、匂いまでもが伴って鮮やかに蘇りました。
焚き火や薪の炎や爆ぜる音は、古今東西、人を詩人にするようです。ウィリアム・バトラー・イエーツや堀口大學の詩、篝火、薪能などに、人々が薪の炎や爆ぜる音に寄せる心情が表れているように感じます。

帰国後、高知を訪れました。高知訪問での楽しみは高知県立美術館です。
平日であること、そして、翌日から企画展があり準備で騒々しいこともあってか、唯一開放されていた有名な所蔵品であるシャガールの部屋は、独りで鑑賞できる幸運に恵まれました。
ムンクの銅版画8点も展示されていました。絵画としては、既にあまりに有名な「病める少女」、そして「二人:孤独な人たち」の銅版画は初めて目にしました。静謐な悲しみや寂寥感が画面から醸しだされており、一時、広大な展示室で自省する時間を持つことができました。

今週の花材は、執務室はモネの色彩を思わせる色のデザインです。
秘書室は、緑、紫、そして黒の対照の美をお楽しみ下さい。

(福島県立医科大学理事長 菊地臣一)

今週の花


【理事長室】
■ニシキギ   ニシキギ科/落葉低木/原産:日本・中国/《名前の由来》紅葉が美しく、錦に例えて/カエデ・スズランの木とならび、世界三大紅葉樹のひとつ。枝にコルク状の翼がある。春に淡い緑色の小さい花を咲かせる。秋に実が熟すと、裂けて赤橙色の種子が現れる。
■ブルーレースフラワー   セリ科/一年草/原産:オーストラリア/小さな花をたくさんつけ、5cmほどの半てまり状の花姿。茎や葉は柔らかい毛に覆われている。
■ラクスパー   キンポウゲ科/一年草/原産:南ヨーロッパ/細い茎に穂状に沢山の花を咲かせる。乾燥しやすく、ドライフラワーや押し花にも適す。
※拡大写真http://www.fmu.ac.jp/univ/hana_img/75_zoom1.jpg
(無断転載等はご遠慮ください)

【秘書室】
■トルコギキョウ(ロジーナブルー)   リンドウ科/原産:北アメリカ/《名前の由来》桔梗に似た紫色と、トルコ人のターバンのような花姿から/非常に品種が多く、花色・咲き方もバラエティに富む。ロジーナシリーズはバラのような花姿の品種。ほかに「ロジーナローズピンク」「ロジーナイエロー」「ロジーナグリーン」などあり。
■カーネーション(ムーンダスト)   ナデシコ科/多年草/原産:地中海沿岸/《名前の由来》肉の色の花という説(ラテン語でcarn)や花冠を作るのに利用したことから載冠式(coronation)が語源など各説/「ムーンダスト」はサントリーとオーストラリアの会社が共同開発した「青いカーネーション」で2004年にグッドデザイン賞金賞を受賞。今回使用した「ムーンダスト」は、4色ある中で2番目に淡いライラックブルー。
■シマフトイ(縞太藺)   カヤツリグサ科/原産:日本/《名前の由来》藺草(イグサ)に似ていて、藺草より太いことから「フトイ」(太藺)/シマフトイは横縞に白い斑が入る。縦縞に斑の入る「タテシマフトイ」もある。
※拡大写真http://www.fmu.ac.jp/univ/hana_img/75_zoom2.jpg
(無断転載等はご遠慮ください)

▲TOPへ