日の入りが最も早いこの時季、あっという間に夕闇が迫ります。

山茶花（サザンカ）の花弁が散り敷かれ、月光の下、黒地に白が鮮やかです。生の輝き、残照、儚さを一瞬のうちに教えてくれます。
一転、冬晴れの突き抜けるような青空をみていると、「一切無、一切空」と教えてくれているようです。

室内は、薔薇（バラ〔ブルームーン〕）、鶏頭（ケイトウ）、菊で初冬の色の乏しさを補っています。

一泊二日で韓国、済州島へ行ってきました。独り、考える時間が持てました。
第一印象は、強い風です。そして、島全体に植栽されている蜜柑（みかん）畑を護って、延々と積まれている溶岩の石積みです。強風から作物や痩せた土地を守る為の石積みは、岩盤でできている島（イェートランド島、アイラ諸島など）で農業を続けるための世界共通の手法のようです。
この景色は、代を継ぎ、気の遠くなるような長い時間の手作業の積み重ねによって作り上げられた一大傑作です。

海岸にある宿舎、部屋の戸を開け放っておくと、闇の中での風と波の咆哮（ほうこう）は、“荒々しさ”というよりは、子供の頃にどこかで感じた“穏やかな寂しさ”が蘇りました。
　
　　　　　　　　　ひろびろと浜の常なる寂しさか
　　　　　　　　　わが間近くの浜はとどろく
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(佐藤佐太郎)

翌朝、一転して波の音は遠くに退き、代わりに小鳥のさえずりが風の相方です。
朝陽が、水平線の上にある雲を黄金色に焦がして、雲に隠れると雲の端を輝かせ、みていて飽くということがありません。

　　　　　　　　　Every cloud has a silver lining．
　　　　　　　　　Always look on the bright side of life…．
（どんな困難な状況に置かれても必ずどこかに希望が残っているものであり、よく見るとその境はいつも銀色に輝いている）

朝陽が、自らの作品を通して励ましてくれているようです。

太陽が昇ると、打ち出した錫の工芸品にみられる鱗（うろこ）のような“光る海”が出現します。
朝陽がそこに雲を影として海に写し込んで、朝陽と海との協演は終わります。

済州島は、韓国ドラマのロケ地として、有名な場面に度々登場するそうです。“あの有名な場面でのベンチ”とか説明されても、映画やテレビのドラマをみたことのない私には、残念ながら“猫に小判”でした。

街路樹として、赤い実をつけた木々の鮮やかさも印象的でした。何の木かを周囲の人々に聞きましたが、結局、分かりませんでした。
地平線まで続く起伏のある真っ直ぐな道、そして両脇に植えられているこの街路樹、東山魁夷の「道」をスケールアップしたようなこの風景は心に残りました。

古来、旅は人生の哀しさや寂しさを表現する言葉として用いられます。
蜻蛉（とんぼ）返りの旅ではありましたが、私にとっては、一時、自分の心を整理するのに役立ちました。

今週の花材は、執務室は暖色系の色がこちらの心まで暖かくしてくれます。
秘書室は、白の器と赤い実の対比が鮮烈です。


（福島県立医科大学理事長　　菊地臣一）