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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2014.08.08

vol.282  − 戻 (もどる) −

蝉(セミ)の鳴き声が天地に満ちています。
暑さが頂点に達しています。しかし、時は確実に移ろい、日の出が遅くなっています。朝起きると、屋内は薄暗く、灯が必要です。

本県の高速道路、白、紫、紅など、色取り取りの木槿(ムクゲ)が、遮音壁を隠すように咲いています。
その頭上には、傘を差すように、合歓(ネム)の木々が並んでいます。道路を企画した人の気配り、そして当時の世の中の経済的余裕を感じます。木々の花々は、車を駆る人の目と心情を和らげてくれています。

街路樹、槐(エンジュ)が今を盛りと咲いています。
舗装路の上に白い粉を撒いたような風景が、慌しく往き交う人々に、今という時季を知らせています。

大学の構内で、大規模な工事が始まりました。ブルドーザーの音でそれと知ります。炎天下の工事、作業している方々の休憩所が見当たらず、どうしているのか少し不安です。
休憩所が有る、無しに関わらず、我々が声を掛けて確かめるのが真の優しさです。
然(さ)りげ無い思い遣り、恩師の姿から学びました。そこには、契約とか、職種という枠を越えた、「世間に生きる人間の信条」が問われているような気がします。

眠れない時、川の瀬音を聴きます。
ウッドデッキに円座を持ち出し、朱の大きな根来(ねごろ)盆、小振りの輪島塗の黒い献菓台を脇に置き、アジマックワ(沖縄の折り畳み式木製枕)か座禅用の座枕に座ります。側には蝋燭、これで、一時、無為に過ごします。

夏は“匂い”です。蚊取り線香、汗、縁日でのアセチレンの灯、樹々、草花など…。

限られた時間の人生、終着駅がみえてくると、若い時の真直(まなお)な感情を思い出します。
そんな時、胸の奥が疼(うず)きます。別に昔に戻りたいわけではありません。戻りたくても二度と戻れない日々を、「人生の夏休み」として、懐かしみたいだけなのです。

仕事に倦(う)んだ時、朱印帳を書棚から取り出してみています。若い時の寺社巡りの足跡です。驚く程の数、そして広範囲に寺社の庭園を巡っている事に驚きます。若さのなせる業(わざ)です。
積み上がった蛇腹式の朱印帳、今の眼でみると、丁寧な字体、ゴム印、朱印、社寺に縁(ゆかり)のある歌を記したものなど、様々です。当時、奥に声を掛けて書いて戴いたりしていました。その時々のことが鮮やかに蘇ってきます。

歩数で庭の大きさを計ると、奇妙な縄張り、帰ってから図面をみると、幾多の変遷を経て今の庭に至っていることが分かります。庭にも庭の人生があるのです。

“生きる”とは他人との関わりや触れ合いの積み重ねです。
   (vol.52 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=78
   (vol.54 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=80
   (vol.58 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=84
   (vol.193 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=229
   (vol.198 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=234
   (vol.261 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=298
   (vol.264 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=301
   (vol.276 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=313
しかも、人生という一冊の本の頁をめくって巻き戻してみると、言葉や文字では表せないものを心の中に抱えて歩んできたことが分かります。

         切なさや漣(さざなみ)のように襞(ひだ)をなし
         押し寄せてくる憶い出なるよ
                                    福島泰樹

限られた時間しか与えられていない人間の一生、それを補(おぎな)ってくれるのが、時空を越えた文学であり、美術です。

         ひとり燈火のもとに文をひろげて、
         見ぬ世の人を友とするぞ、
         こよなう慰むわざなる
                            (徒然草第13段)

古人も、一人の人間が経験できることが限られていることを知っていたのです。その限界を、時空を越えて経験できる文芸で補っていたのです。読書や鑑賞とは、見ぬ世の人を友とする営みでもあります。

自分が経験しないから、作り話だから、役に立たないのではないのです。自分が経験しないから、現実でないからこそ託せる伝言、寄り添える想いもあるのです。

今週の花材、この時季の緑という色彩の多様性と花々の涼しげな色と形に、一時、心惹かれます。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



※来週の「理事長室からの花だより」は休載させていただきます。
  8月22日(金)より連載再開いたします。

今週の花


【理事長室】
■ドラゴン柳   ヤナギ科/雲竜柳(ウンリュ
ウヤナギ)の変種で、茎が黄色〜赤茶色で枝
振りも変化に富む。くねくねした枝の形を利用
しダイナミックに活ける他、丸めたり絡めたり
と、形を変えて利用できる。
■ホウキモロコシ〔玉すだれ〕   イネ科/一
年草/「玉すだれ」は箒の材料となるホウキモ
ロコシの園芸品種で観賞用。簾(ほうき)のよう
に長く垂れ下がる枝先に玉のような実をつける
ことから「玉すだれ」。ドライフラワーとしても楽
しめる。
■リンドウ〔ホワイトベル〕   リンドウ科/多
年草/秋の代表花で野草として古くから親し
まれる。花色は青紫系を中心にピンクや複色
もある。薬草としても知られ、根や茎根に健胃
作用がある。
■大輪ユリ〔ロビンファンハーレン〕   ユリ科
/球根植物/一番有名なカサブランカと同じ
オリエンタルハイブリッド種。大きく優雅な花姿
と芳香が特徴。「ロビンファンハーレン」は201
2年発売の新種。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/2821.jpg

【秘書室】
■風船カズラ   ムクジロ科/一年草/ツル性で他の植物や
フェンスなどに絡まり成長する。夏に小さな花を咲かせ、紙風船
のような形の果実をつける。実が熟すと茶色になり、ハート型の
白い模様の入った黒い種子が採れる。
■浜撫子〔ラベンダーピンク〕   ナデシコ科/多年草/海岸
の崖地や砂浜に生育。潮風による水分の蒸発を防ぐため、光
沢のある肉厚な葉を持つ。茎の先端に次々と花を咲かせ、長期
間楽しめる。
■セダム〔オータムジョイ〕   ベンケイソウ科/600種以上あ
る多肉植物の一種。肉厚な葉を持ち耐寒性耐暑性があり、乾
燥にも強い。切り花で流通する花が咲く品種も丈夫で長く楽し
める。
■アンスリュウム〔みどり〕   サトイモ科/常緑多年草/造
花と見間違うような光沢のある花(苞)。花弁のような苞と棒状
の花序を持つ。南国原産で暑さに強く、苞を鑑賞するため長く
楽しめる。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/2822.jpg

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