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理事長室からの花だより

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理事長室からの花だより

2015.10.30

vol.338  − 侘 (わびる) −

冬の到来を告げる使者、白鳥が信夫の里に飛来しました。陽(ひ)が日に日に短くなっています。
夜来の秋時雨(あきしぐれ)、朝まだき、庭や軒先には雨の跡がまだ残っています。
侘(わび)しさを誘う風景です。
灰色がかった闇の中、濃い緑の葉を背景にした白い山茶花(サザンカ)が、目に爽(さわ)やかです。

夕暮れ時、高速道路の車の中に漂ってくる独特の匂い、車窓に目を遣ると、稲藁焼き(いなわらやき)の風景が飛び込んで来ます。夕陽を浴びて田圃(たんぼ)のあちこちから棚引(たなび)いている煙、そこには、幻のように滅び去ってゆく日本の風景がそこにあります。
“懐かしい”、不意に感情が込み上げてきます。その情景は、大気の湿り気までも描いている川合玉堂の絵をみるようです。
         (vol.29 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=46
         (vol.31 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=51
         (vol.169 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=203
         (vol.232 http://www.fmu.ac.jp/univ/cgi/hana_disp.php?seq=269

稲藁焼き、最近では、煙害の問題もあり、禁止されているようです。この匂いと景色、何故か、郷愁を覚え、“巡る季節”への嘆惜に、一時(いっとき)、浸ります。
藁焼きは、古くからあった作業なのでしょうか。季語にない事、子供の頃の記憶に残っていない事から、あまり古くはない農作業なのではないかと思います。

田舎では、高度成長期まで、自給自足に近い暮らしが当たり前でした。
米作りで言えば、手作業で脱穀した後の藁は、畑の肥料、家畜の餌、畳の芯、米俵(こめだわら)、縄(なわ)、筵(むしろ)、草履(ぞうり)などの生活用具の材料、納豆などの包装材として、余す所(あますところ)なく使われていました。
“失ったモノでしか語れない”慎ましい昔の暮らしの一端がここにみてとれます。今振り返ってみれば、“循環社会”そのものです。

夕暮れと言えば、童謡の「夕焼け小焼け」、帰宅の時報であるチャイムなどが思い出されます。
晩鐘(ばんしょう)という言葉にも直(す)ぐに行き着きます。
晩鐘には、今の我々には、夕暮れの温かくも少し寂しい響きを感じます。元々は“火を覆う”という意味で、火をきちんと始末して床に就くようにとの、各家庭への警告の鐘の音(ね)だそうです。

日没も、昔は今とは違う受け止め方です。危険を予感させる信号なのです。
明かりが溢れている今、日没に人々は哀惜(あいせき)や消えゆく華やぎを感じます。両極端です。当時、日の出が歓迎されたのとは対照的です。

農村の営み、作業の仕方は時代とともに変わりましたが、人間(ヒト)と天地が一体となって作られる風景は今も変わりません。季節の移ろいに寄り添った農作業、久隅守景(くすみもりかげ)の絵から昔の情景を知ることができます。

以前から心惹かれていた、謎多き画家である久隅守景、彼の全貌を知る企画が東日本で初めて開かれています。

将軍や大名の求めに応じて絵筆を揮(ふる)った人です。町衆や農民の為に描いてはいません。しかし、その視線は庶民に向いており、朴訥(ぼくとつ)な画風は凛(りん)とした精神性を感じさせます。
苦役(くえき)として捉えがちな農作業を題材にした彼の絵には、大地とともに生きる農民の哀歓が描かれています。日本人の仕事に対する価値観までもが伝わってきます。

余りにも名高い国宝の「納涼図屏風」、屏風仕立で、意外と大きいのに驚きます。
画面の染みや汚れを目から消すと、月をみている人物の気持ちや静かな夕暮れ時の大気までもが伝わってきます。

「花鳥図屏風」の木菟(ミミズク)、水面(みなも)に映る月をながめている様(さま)は、さながら哲学者のようです。
西洋ではフクロウが知恵の象徴とされているので、その事を知っての構図でしょうか。
画風は違いますが、ここに武蔵や蕪村の絵にも通ずる何かを感じます。

今週の花材は、両室とも、“静かな秋”を感じます。


(福島県立医科大学理事長  菊地臣一)



今週の花


【理事長室】
■ツルウメモドキ   ニシキギ科/蔓性落葉
低木/《名前の由来》蔓性で葉の形が梅に似
ていることから/花期は5〜6月頃で淡緑色
の小さな花を密集して咲かせる。花自体は目
立たず、花後の実を楽しむものとして流通。実
は秋に熟すと3つに割裂(かつれつ)し、赤い
種子があらわれる。種子と裂皮のコントラスト
が綺麗で、色の少ない冬を彩る。
■ダリア〔ラララ〕   キク科/多年草/品種
がとても豊富で世界に3万種以上。花径が3c
mほどの小輪から30cm以上になる巨大輪ま
である。「ラララ」は紅白のバイカラー品種。
■シンフォリカルポス〔チハヤパープル〕
スイカズラ科/落葉低木/《名前の由来》ギリ
シャ語の“symphorein”(ともに生ずる)と“ka
rpos”(果実)に由来。果実が房状になってい
ることから/花期は7〜9月頃で、9〜10月頃
に真珠のような実をつける。「チハヤパープル」
は赤紫色の実で、他に白やピンクもある。
■孔雀ヒバ  ヒノキ科/常緑低木/ヒノキか
ら作られた園芸品種。孔雀の羽のような葉を
持つ。寒くなるにつれ、葉先が黄色味を帯びる。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3381.jpg

【秘書室】
■ピンクッション〔ゴールドダスト〕   ヤマモ
ガシ科/常緑低木/針山に待ち針を刺したよ
うな独特の花姿が魅力。待ち針のように見え
る一つひとつが雄しべ。
■アンスリュウム〔チョコ〕    サトイモ科/
常緑多年草/ツヤツヤの花(苞)と葉が特徴
の南国の花。花弁のように見える部分は苞で
棒状の部分が花序。苞を鑑賞するため、とても
長く楽しめる。
■クロトン   トウダイグサ科/常緑低木/
肉厚な葉で、葉色・葉形が多岐にわたり品種
が豊富。沖縄などの暖地では垣根などに利用
される。切葉としても長く鑑賞できる。
■雪柳〔塗り雪柳〕   バラ科/落葉低木/
花期は春で、柳のように枝垂れる枝いっぱい
に小さな白い花を咲かせる。「塗り雪柳」は紅
葉したかのように赤く染めたもの。
※拡大写真
http://www.fmu.ac.jp/univ/hana/3382.jpg

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